大名行列への殴り込み

 1. 大名行列への殴り込み

 源五郎は二階への階段をとんとんと駆け上がると、
「爺さん、開けるぜ。具合はどうだい?」
 と、声をかけて襖を開けた。
「これは若旦那様! 何の取り柄もねぇ手前みてぇな老いぼれを、こんな立派な旅篭に泊めて
いただいたうえに、三度の食事まで……ありがたくて,ありがたくて」
「爺さん、よしなって」
 源五郎は、手を合わせてお辞儀している老人を起こして、座布団に座らせた。老人は日光東
照宮に参拝した帰りに日光街道の山中で山賊に襲われ、身ぐるみ剥がれて、宇都宮宿の外
れで行き倒れになっていたところを、源五郎配下の若い衆に発見されて、松屋に連れて来られ
たのである。
「家は武蔵の国の粕壁(かすかべ)と言ってたな」
「さようで」
「四日もすれば、うちの若い衆が両国に荷馬車で運んでいく物がある。それに乗っていくとい
い。それまでここでゆっくり休んでいきな」
「なんとお礼を言ったらいいか」
 老人がぼろぼろ涙を流して顔を上げたとき、源五郎の姿はもうそこになかった。
 源五郎が階段を降りたとき、まだ幼さの抜けきらない配下の千造が、、血相を変えて飛び込
んできた。
「おふじ坊が……」
「おふじがどうした?」
 おふじは今年二歳になる源五郎の妹お蝶の長女で、今年二〇になったばかりの源五郎にと
ってはたった一人の姪で、まるで自分の娘の様に可愛がっていた。
「大名行列護衛の侍に切られて……」
「なにっ! …… して、おふじは?」 
「し、死にました」
「委細を話せ」
「おふじ坊はお蝶さんに抱えられて街道を進む行列に土下座していたのですが、いきなりチョ
コ、チョコと飛び出してしまったのです。それを見た供侍が『無礼者奴が!』と額に青筋を立て
て駆け寄りました。お蝶さんは『ど、ど、どうぞ、ご勘弁を、私がつい目を離したばかりに……お
慈悲でございます。どうぞ、命ばかりはお助けください』と、侍に平伏して頼んだのですが、侍は
『許せん』 と顔を朱に染めて『えいっ』 と一刀両断に……」
「おのれっ」
 源五郎はギリギリと歯軋りして、目を大きく見開いた。
「おのれ、大名! 人の命をなんと考えおるか。おふじはまだ歩き始めたばかりの幼子ではな
いか。このまま引き下がっていたら、源五郎の名がすたるわ。目にもの見せてやる。千造、子
分や仲間をできる限り集めて、ここに連れてこい!」

 あっという間に、二十人近い若者たちが松屋の離れに集まった。全員が源五郎を兄貴と仰ぐ
子分や仲間で、それぞれが抱えきれないほどの竹や油、古着、薪、拳ほどもある石を持ってい
た。夜が明ける頃には、作りあげた弓や竹槍や松明を抱えて松並木の陰や草むらに身を隠し
て行列を待ち伏せた。
 先頭を歩く長い幟が目にはいると、源五郎は「見つかるな」と千造に子声で囁いた。その途
端、どこかでピーヒョロ、ロと鳶の声がした。「戦闘用意」の合図である。一〇〇人近い大名行
列がしずしずと進んでくる。行列の中心である駕籠が目の前に来ると、源五郎は立ち上がって
叫んだ。
「かかれっ!」
 その途端、沢山の松明に火をつけ、太鼓を鳴らし、「うわっ、うわっ」と大きな喚声を上げて刀
を抜いた武士たちに、石と生木の薪を投げつけて矢を射った。
「大群の襲来だ!」
 行列はすっかり乱れ、供侍たちが敵の数はわずか二十人前後だと気付いたとき、源五郎た
ちは姿をくらましていた。大名は息巻いて「引っ捕らえて参れ」と怒り狂ったが、「東照宮御参拝
の前でもあり、日光ご到着が遅れます」と老臣たちに必死に止められて、源五郎たちは事なき
を得たのである。

源五郎とは                                                     目明役